おしつけ

2009年2月15日 Fiction
その常識を作った彼に対する、隠すつもりも見当たらない悪意を、やはり彼は真正面から受け止めるつもりはなかったのである、のらりくらりと、定説(これも彼が定着させたものである)を並べて、さもありもしないかのように、責任を無視した彼は、あれほどの反感を見せていた世論から、いまではなんと、改革の寵児とさえ見做されている、彼の元に寄せられる国籍を問わない賛辞、謝辞を、端から裁断機にかけている様を、とある方法で当局が世間に報道した結果(犯罪行為を反倫理的行為を暴くことでごまかす意図が、当局にもあったといえばあった)、彼のその悪癖が、これまで彼に敵対していた勢力にとって好意的なものとして受け取られたことは、己の思想をほんの数度だけ左右いずれかに傾けただけで、ほぼ同等といってよいだけの威力を持つポストに、彼が、落ち着けたことは、当局にとっての好ましい帰結ではなかった、発行部数は極端な上昇を見せたものの、それは煮詰めた蜂蜜をまみれさせた、必要以上にぎらついた金貨を掴まされたに過ぎない、これ以上の追求は事実上、もはや不可能と言えた。

こうして安泰となった彼は齢を重ね、妻と二人きり齢を重ね、掘り炬燵でふたり鍋を突付く。突付いている。しばらくして彼は話しかける。控えるよう言われてはいるが、鍋にはやはり卵が欲しいな。

立ち上がる妻。戸口を抜け。向かう。台所。食器棚から器を取り出し、冷蔵庫のサイドポケットに並べてある卵を、ひとつ摘む。
女は戻った。器の置かれる音が2つ、食卓に鳴った。

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